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サイエンティスト・事業戦略担当・コンサルタントとして、企業の課題解決に取り組んできました。気ままにですが、参考になりそうなことを書いていければと考えています。コメントをいただけると嬉しいです。

英検準一級のすすめ|ビジネスに役立つと思う理由3つ

気まぐれで英検準一級を受けてみました。無事合格。

 

私のTOEICのスコアは(900チョイ)なので、英検準一級に受かって然るべきスコアです。ですので、胸をなでおろしている、というのが素直なところ。

 

でも英検。とても勉強になると思います。 私としては、英語学習のマンネリ打破のためだったのですが、良い勉強ができました。

 

とある英語教室を開催している外資系トップコンサルティングファームご出身の先生が、「ビジネス英語に1級は不要!、難しすぎ!!、準一級が受かれば十分!!!」とのことでした。そうかもしれません。

 

ざっくり言って、英検準一級の勉強には、以下の様なメリットがあると思います。 

  1. ビジネスに使える表現が満載
  2. 英語学習の本質をついた出題
  3. 英語で世界を広げることにつながる

お勧めするところを、少し書いてみたいと思います。

日程など

まず、ご参考のため、試験概要(2016年7月現在)について記載しておきますね。日程等、ご自身で受験検討される際には、こちらのリンクから、英語検定協会のサイトにアクセスし、詳細をご確認ください。

 

≪頻度≫

年3回(6月、10月、1月)

 ≪スケジュール≫

  • 上記の約1~2ヶ月前の期間に応募
  • 試験10日程前|受験票到着(顔写真〈2.4×3cm〉要準備)
  • 一次試験(筆記)@受験票に記載された中・高校(割と近くに指定してくれました)
  • 翌日13:00|解答速報が掲載(試験用紙は持ち帰れます。解答をメモしておくと、答え合わせ/復習ができます)
  • 1次試験の3週間後|結果web公開←テスト結果と、CSEスコアという客観的なスコアで英語力の分析が出来て面白いです。
  • 2次試験|@1次とは別の会場にて、試験。割と近くに指定してくれます。5分程度のインタビューですが、待ち時間を含めると約2時間。だいぶ暇です。
  • 試験後、約10日でwebで結果公開、その1週間後に成績表送付

≪試験内容≫

  • 筆記|ボキャブラリー、リーディング、ライティング、リスニングの4セクション(時間は結構、たっぷりあります。TOEICの様に時間配分は気にしませんでした)
  • 2次(面接)|4コマ漫画を見てナレーション⇒これに関する質疑1問⇒関係ない質問3問(日本の人口は今後、増加すると思うか、就職率は今後改善していくと思うかどうか、最低賃金を保証する政府の指針には賛成か否か、の様な質問)

  ≪難易度≫

諸説まとめると、

  • TOEIC700~800
  • 語彙力:6-8千語/abbreviate, amicable, extravagant, hinder, immerse, ...とかが文脈なしで7割わかるレベル*

ぐらいと言われています。

 

ビジネスの英語力として最低限度といわれる点数で、確かに上記のTOEICの点数を取れないと、ビジネスで使うのに苦労するのかな、と思います。

 

ですので、スコアとしては魅力的に思えないテストと思われるかもしれません。しかしこれ以上の価値はあり、そのお勧めする理由を具体的に書いてみたいと思います。

 

使用したテキストは、下記の植田一三さんのもののみです。テキストを比較しての評価はできませんが、良い内容だと思います。

 *英検準1級100時間大特訓(CD BOOK)

 

 ビジネスに使える表現が満載

はて、テキスト(上記)を読んでみての感想。単語ムズ!

特に句動詞がとても良い/知らない表現が満載でした。

 

復習がてら、いくつか参考書中の表現を引用させてもらうと、下記の様なものがあります。

  • fund embezzlement (資金横領)
  • document forgery (文書偽造)
  • malpractice liability (医療過誤責任)
  • hold up the meeting (会議を延期する)
  • clear up your doubt (問題を解決する)
  • stay up all night (徹夜する)
  • the figure don't add up (計算が合わない)

①結構、会社で使えそう(横領や偽造は控えてください)、②相手が使ってくる、③パッと思いつく表現よりオシャレ、です。

 

③は関係構築に、②はコミュニケーションの円滑化につながります。①は、『同じことを伝えるために、いくつかの表現を手持ちしておく』ことにつながります。これはコミュニケーションの円滑化に加え、相互のより深い理解につながります。或いは、勉強の中で、あ、明日コレ使ってみよう、という表現や、或いは今まで相手に、『え?!』と言って言い換えをしてもらっていた表現がわかる様になることがあります。

 

テスト合格を目的とするにはやや充実しすぎた内容の書籍かもしれませんが、良い語彙が充実しています。

 

ですので、本質的な目的が”英語を使って何かをする”人であれば、非常に勉強になる/タメになると思います。

 

英語学習の本質をついている

別段、他のテストを否定するわけではないですが、英検は、言語理解の本質をついたテスト内容だと思います。ここで言う本質というのは、『自身の思考を言語化し、相手に伝えること/相手の言語を通じて、相手の思考を理解する』ことです。

 

要するに、コミュニケーション能力です。でも、コミュニケーションという単語はあまりに広く用いられ、概念が曖昧になりつつあるような気がします。しかしながら、なんでも『コミュニケーション能力がない』と片づけられてしまいますが、ちょっと違うことが多いと思います。例えば、

 

・合コンでしゃべれない

・部下が/上司が私の言うことを理解してくれない

・相手が何を考えているかわからない

 

これらを『コミュニケーション能力がない』で片づけてしまうと、そこで終わってしまいます。進歩も前進も、何もない。

 

しかし、合コンでしゃべれないのも、部下が/上司がわけわかんないのも、他人の気持ちをおもんばかれないのも、自分の/相手の思考を言語化し、うまく伝える/理解することが出来ないことが非常に大きな要因であると思います。

 

ですので、語彙を増やし表現の手段を増やすこと、或いは後に述べますが、ライティング&スピーキングでこの表現力が求められる英検は、自身/相手の思考を読み解く力を大きく向上させてくれると考えています。なので、言語学習の本質をつく内容であると思う訳です。

 

合コン相手によっては様々な要因により絶句を禁じ得ないこともありますが(どんまい)。

英語で世界を広げることにつながる

語彙、および出題形式の観点から、英語で世界を広げることにつながると考えています。

 

語彙について、ビジネスに使えそうな表現を例に挙げましたが、ニュースの読解、通常の会話の幅を広げてくれる表現も満載です。語彙の重要性は上記の通り、その幅がビジネスにとどまらなければ、相手の国の、自分の経験したことのないことを知ることにつながります。自分では決して経験しえないことを海外の方から聞けること。コレ、面白いと思います。私のモチベーションの一つです。

 

また出題形式として、英検に特徴的に求められるのが、

①リスニングで結構長い会話を聞き、言い換え表現を選ぶこと、

②ライティング&スピーキングで自分の考えを簡潔に述べること、

び2点だと思います。

 

よく、英語になると、途端につまんないことばかり言う人がいます。或いは、わかんないからってすぐにYesYesYesって言ってしまう人とか。ビジネスでは危ないですし、話していて面白くないんじゃないかと思います。同僚だとうんざりします。上司がこういう方だと、がっかりした上にうんざりします。(英語が出来ないけど出来る上司は、こういう時は無駄に英語をしゃべりません。その方が圧倒的に良いです)。

 

コミュニケーションに求められることは、

①相手の話の要点を理解し、それに対して自分の考えを述べること。

②Yes/Noならその根拠を、どっちでもないなら、Yes/Noの間のグレーを、どこで迷っているのか説明すること

だと思います。

 

母国語のコミュニケーションでは無意識にやっていますが、第二言語では失われてしまう。しかし、英検準一級では、①はリスニングテストで求められるものですし、②はライティング&スピーキングで求められます。こうした能力を高めることで、英語で世界を広げる、英語を使うことが楽しくなる。そんなことにつながるのではないでしょうか。

 

ちなみに、海外の方は日本人と比べてどうでも良いことをベラベラベラベラと長くしゃべる傾向があります。話が結構、長いんですね。『要するにこういうことね』と10秒で説明できることを5分ぐらいしゃべることがあります。先日、飲み屋でからまれて、そういう経験をしました。リスニングで求められるスキルも、相応に根拠があります。

 

 結構

勉強になると思いませんか?

 

勉強するにあたり、現状の英語力にもよるかと思いますが、私はあまり時間を割きませんでした。(私は普段、ソコソコ使っていますので、勉強時間はご参考まで)

 

実質10時間+α程度だと思います。

 

土日はほぼ割けず、(通勤中〈徒歩の間の10分のリスニング+時々英単語〉+お昼休み20分)×1ヶ月程度の勉強時間です。もちろん特別に頭が良いわけでもないですし、テスト前の学生の様に、『時間かけてないんだ自慢』をする訳でもないです。言いたいのは、

 

非常に効率的;この程度のリソースで、充実した内容を体系立てて知識化することが出来る。

実用的;普段使用している私としては、日常の業務が勉強になった。

 

そういった観点から言うと、実用的・効果的・効率的なテストといえるかと思います。

 

ですので、 

 

・ビジネスで使うチャンスを窺い、実力を蓄えている方、

TOEICに飽きた方/伸び悩んでいる方

・英語学習のマンネリを打破したい方

 

いかがでしょうか。

ムチャ振りvs.丁寧な指導について思うこと

無茶ぶり。受けたことありますか?

私、結構あります。

  • 入社直後、上司が把握していない内容を説明させられる
  • そして、なんで把握してないんだ!と詰められる。
  • 元上司の虚偽報告の後始末をさせられる。
  • 1時間前に打ち合わせに出て!⇒逐次通訳を求められる。
  • 社内で誰にも見せてもらったことが無い内容を、他社の前でプレゼンをさせられる。
  • 要領の悪い同僚が定時に帰る横で、残業続きの私に仕事が来るetc...

あるあるでしょうか?当初は相当、嫌で、相当血圧が上がりましたが。。。

 

あぁ、もうこんな思いは他人にはさせたくない

嫌な思いをすると、私は結構、こう思います。

こんな阿呆くさいストレスによって、失われることは沢山あります。たとえば、

  1. 仕事の効率:ストレス程、効率を落とすものはないです
  2. 仕事へのモチベーション
  3. 上司への信頼
  4. 体調
  5. 休日
  6. 数百万円:もし人が一人辞め、新しく雇用しようとすると、採用するために数百万円~うん千万は失われます。
  7. ナレッジ:辞めた人のナレッジの喪失は、プライスレスですね。

阿呆くさいストレスが理由でやめることは、会社にとっても個人にとっても、決して幸せなことではないと思います。

 

他人の人生は束縛するつもりはないですが、でも、素晴らしいと思う同僚とは長く働きたい。良い成果を皆で味わいたい。外資コンサルは一般的に入れ替わりが激しいといえますが、でも、『阿呆くさ、やってらんねー』、と思って思ってやめるひとって少ないのでは。

だからできる限り丁寧に教えてきた

自分がしてきた嫌な思いを他人にさせたくない。そう思うため、できるだけ自分の仕事を任せる相手にはストレスをかけない様にしてきたつもりでした。例えば。

  • まずはやって見せるのが第一。
  • アウトプットのイメージを必ず見せる/可能な限り具体的な指示を
  • させてみた資料も、ミスは依頼者(私)の責任|資料はすべて添削してから報告
  • ポジティブフィードバック
  • 矢面には自分が立つ
  • 任せられるまでは、すべての仕事の内容を自分で把握しよう
  • 仕事を依頼するにあたって、他のプロジェクトの仕事量が多すぎはしないだろうか?⇒必ず、把握している第三者に仕事を依頼しても大丈夫か確認してから依頼。
  • 逐次状況確認、納期は想定所要時間の10倍は見る

書籍など参考に、余計なストレスをかけない様にしてきたつもりでした。赤羽さんもすごいが、山本五十六さんの名言は深い。僅かな言葉で本質を的確についてる。とか思いながら、指導方法をあれこれしてました。

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しかし。。。

まったく伸びなかった。半年前に教えた事項も、全くできず。

 

なぜ、こんな未完成な資料を出すのか?と聞いたら、言い訳ばかり。

教えてもらわないとわからない。アレが忙しい、優先順位の高いコレを優先させた(さっきまで勉強のためのセミナー報告書を書いてたじゃねーか/他部署に動いてもらうための資料なのに...)。とか。

 

その繰り返し、もはや見限り放置。そんな(←ぐだぐだ書きました)経験をしました。

 

あれがいけなかったか、これがいけなかったか。或いは、あいつが悪いこれが悪い。そんなことをぐるぐるといろいろ考える中で、どうしても、自分が受けてきた無茶ぶりが、思い出されます。

 

結構私、無茶ぶりによって得たものもあったんじゃないか?

 

上手くいかなかった理由はほかにもたくさんあると思います。やりようもたくさんあったと思います。私が一方的に文章を書いている限り、私もいつの間にか自分を擁護します。私に見えない自分の咎を見出すことはできないでしょう。

 

でも仮に、私の教え方が理不尽であっても理不尽な物事を乗り越えることが必要なのだと思うのです。

 

スポーツのトレーニングを聞いていると、よくあります。

  • 血尿が出るまで走らされた。
  • 夜通し、40km走らされた
  • 試合の後、負けたから10km走らされた。
  • 擦り傷でリンパが腫れまくっても毎日走ってた。
  • 骨が折れても試合に出てた。
  • ミスすると、めっちゃ殴られた。 など...

だから日本のスポーツはダメなんだ!!!という理論も良く書かれていますし、どちらかというと、私は大いにそっち考え方です。

 

でも反面、これぐらいの無茶をしてきたから、少々の逆境は乗り越えられちゃうような気がするのですね。まったく上記の事項を推奨する訳ではありません。理屈のない根性論はとても嫌いなのですが、でも時々、一理あるなと思ってしまうのです。

 

”根性”ないとやってらんないことって、ビジネスでもなんでもよくあると思うのですよね。

 

ある種、上記の例に近いことも経験してきた私としては、超嫌でしたけど、何とか”キアイ”で無茶ぶりを乗り越え、ささやかな成果を挙げることが出来たのだと思います。

 

何とかストレスに堪え、乗り越えるためにいろいろ勉強・工夫し、効率的に業務出来るシステムを作ってきて、それがうまく回る様になりました。他人にも、もちろん助けてもらいました。本当に感謝です。他人に頼ることも仕事の一つですね。

 

反面、人に依頼したとき、ちょっと納期キツイかなと思うこと、すなわち無茶ブリをバッチリやってくれた時とか、方針が定まらずにもやもや終わった次の会議で、しっかり考えたモノを持ってくる人とか。おぉ頼もしいと思うのが素直な感想かと思います。

 

混沌としたビジネスシーンの中で、そうそう、指示した通りにやるだけで良いことなんてなくて、現地現物を見て、指示された側が何らしかの判断をしなきゃいけない。ある種、無茶ぶりな事態も必然的に生じるのかと思います。

 

理論派ラグビー選手/監督の平尾誠二さんも、理不尽に勝つ!という様な本で同様なことを書いておられます。結構、普遍的な真理の一つなのだと思います。

結局、、、

どうしたらいいんだろうね、という答えは、出ていません。

 

私の教え方の咎/もっとよく教えられたよね、他人の育て方はまずかったよね、というのは、生涯かけて反省し、他人を伸ばすための力もつけていかなければいけません。

 

でも一方、他人をものすっごく伸ばすことの出来る人に出会えること、って中々ないですよね。

 

極めて才能に恵まれた選手が、優れたコーチに最初っからつくことが出来ることは、極めてまれです。素晴らしいアスリートが出来あがる確率って、例えば0.1%の才能×0.1%の出会い、みたいなイメージで、奇跡に近い。

 

この奇跡が起こる蓋然性を、どのように高めていくか。

 

それって、自分の努力しかないと思います。どんな時も言い訳せず良いパフォーマンスを見せる×誰かに見てもらえなくてもそれを繰り返す。すると、どこかで見てくれる人がでてくる。

 

見出されないこともあるけど、しかし、無理かもしれない事に対して頑張る。そういう力というのは、どうしても必要なんだとおもいます。時に先が見えなくても、頑張ること。これがないと、ニンジンをぶら下げられた馬の様です。

 

成功したアスリートには、運の良い様に見える人もいるかもしれない。ただ、運が良かろうが悪かろうが、本人が出来ることは、たとえどんな環境にいても、腐らずに自分を磨くことしかないのだと思います。

 

ビジネスでの成長のために

これと同じように、ビジネスも、たとえどんな理不尽があっても、腐らず、自分のキャリアで成したいことのために邁進する。

 

いや、我慢するだけではないです。逃げることも大事です。異動も転職も、第三者に訴えるのも、手段はいかようにもあります。アスリートの成功と比べれば、仕事での成功の形や手段は多様ですから。

 

下記のお気に入りのブロガーのブログもよくよくご参考ください。とても良いことが書いてありますので、自身の置かれた環境とのバランスを考えてください。この考え方は考え方で、100%Agreeです。

 

www.outward-matrix.com

 

ただ、逃げてもどこかで似たような壁が立ちはだかります。

 

プロジェクトAで大トラブルが生じたと思ったら、Bでもトラブル。過去に片づけたCに関して引継いだ部門から質問。トラブルの匂い。とおもったら、プロジェクトDで急きょ、大きな打ち合わせをしなくてはいけない。とかいってたら、新たなプロジェクトEにアサインされちまった。

 

理不尽。世を周りを、環境を憂えたくなる。そして事実、世が周りが、環境が悪いことだってあると思います。

でも、何とか我慢する。仕事は何とかしてやり切る。志を果たすために環境は変えたとしても、現実からは逃げない。例えそれが価値の無い様に思えても、自分で選んだ/受け入れた環境なんだから。

 

たとえ私の教え方が悪くっても、志あらば自分で学んでほしい。言い訳して逃げてばかりいないで。

 

そんな力もちょいと必要だと思うのです。

 

初めて他人に教えて悩み、色々やってみた結果と思うところ3つ

以前、初めて他人に教えることについて悩んだぜ、という様なことを書きました。出来がひどい、罵詈雑言が脳裏を飛び交う。。。しかし、このままじゃあかんから、下記の3つを心掛けてみよう。

 

①自信を失っているときにうまく接する

②先入観なしに話を最後までよく聞く

③目標設定の合意

 

そんなことを思っていろいろやってみたのでした。

 

その結果、まったくダメでした。

 

今、その部員を見限らざるを得ず、依頼した仕事を結局自分で行い、上司とその部員の処遇についてしばし話しています。

 

なにがいけなかったんだろう。思うところを3つ書いてみたいと思います。

 

(1) そいつが悪い


嫌なことがあると、人間の脳裏に真っ先に思い浮かんでくる考え方です。

例に漏れず、私の脳裏にも愚痴が浮かびあがってきました。嫌な言葉が続きますが、思いの丈を書き出してみます。100%、私の側から見た見解です。

 

私としては、①失った自信を取り戻すため、『アレはあの指示が悪い/慣れない・知らないからないから仕方ない』という様なサポート、或いはポジティブフィードバック、可能な限りの具体的指示を心掛けてきました。

 

しかしその結果、自尊心を保つために、すべてのミスを他人の所為にしてるんじゃないかと思われる節が見えてきました。

 

自分を顧みず、他人のせい、経験のせい、はたまた私を含めた教え方が悪い。そんな他責な発言ばかりを口にする様になってしまいました。

 

  • 計算をミスした→レビューする側が見過ごすのが悪い。慣れてないのでミスは仕方ない。
  • 考えないで作業している→わからないから仕方ない。もっとわかる様に、具体的に、何を考えればよいか教えて欲しい。(手取り足取り?!)
  • 責任感を持ってほしい→自分の主担当業務じゃない。やりたい仕事じゃない。そもそもこんなことをやらされるなんて職務概要に書いていなかった。
  • 会議で発言しない→わからないから仕方ない。
  • 調べないの?→わからないから何を調べていいかわからない。もっと具体的に何を調べたらいいのか指示してほしい。
  • 仕事が進んでない→指示が曖昧だから悪い。
  • 仕事の進捗は?→他の仕事が忙しいからできない→→上司の割り当てが悪い→→→私だけ忙しい。

 

大概にしてほしい、と強く思います。

 

こういった仕事への態度で毎月、衣食住足る生活を得ているのかと思うと、苛立ちを抑えられません。コスいことを言えば、年上故に、私よりいい生活してるかも。苛立ちが募り、帰路はおろか、就寝時まで思い浮かんでしまい、眠れなくなる始末です。結構、切り替えや睡眠、感情のコントロールには気を配ってるつもりなんですが。。。それでも尚。

 

同じプロジェクトにいて、経験がある分、サポートをすることは当然かもしれません。でも、成長することに対する責任までは、負うことができないです。自分で成長しようという意思がない限り。もう、今の私としては見放すしか手がないのです。

 

(2) 私が悪い

 

でも反面、相手方も相応の言い分があるはずです。

  • 慣れてないのでミスは仕方ない
  • 全てはすぐに理解できない。
  • 他の仕事があって、そちらを優先すべき。
  • 慣れている人・わかっているひとはいいのかもしれないけれど、その指示では人は動けない。
  • 経験も浅い自分にとっては、他人よりも仕事量が多い。

言っていることは正論で、一般論では論破できません。

 

他人に指導するなら、できるだけ具体的に、一般化して指導してはイケナイ、ということはよく聞きます。

例えば、

 

○『この資料のこの点、考察不足だよ。○○会議で協議されていて、記録にも残っている点を見逃している。考察と調査不足だと思うから、も少し調べて』

 

×『全体的に考察不足。もう少し以前の会議とか、記録とかを踏まえて考えて資料つくって』

 

みたいに。

 

しかし、日々出てくるアウトプットの質の低さ、誠意のなさに対して遂に選択肢を失い、一般的な指導をするに至ってしまいました。『そもそもあなたの仕事は、、、』という様に。それぞれの仕事の不備に対して、不満をため込んでしまったのかな、とか思います。抽象的な指示ではなくて、具体的な指示をコツコツ出し、繰り返し指導し、我慢する。この繰り返しをもっとできたのかもしれません。

 

自分では冒頭に掲げた目標、②よく話をきき、③相手の意向に沿った目標の合意をしたつもりでしたが、それでも尚、モチベーションを引き出せなかった。どんどん、設定した目標から下がり、下がることに対して言い訳ばかりされる様になってしまいました。

 

力至らなかったな、と思います。

 

他にも、いろいろ、私の見えていないところで、いろいろやらかしてるんだろうな。教え方を教えてくれる人、いないかな。本はともかく、実践の中で。

 

(3) まあ、いっか

 

はたから見れば、どっちもどっち。教える側も悪ければ、教わる側も悪い。

白黒、はっきるすることはないでしょう。私に好意を抱いてくれる人は、相手が悪いというかもしれないし、相手に同情する人は、私に冷たくすることになるでしょう。或いは客観的な判断をしてくれる人が居れば、私としてもうれしい。

 

しかし、そんな判断はどうでもいい。ま、いっか、と思っています。

仕事の本質;価値を生み出すことに対して、白黒というのはどちらでも良い。私としてどうするか。これしかない、と。 そもそも、他人を思い通りにすることなんかできないし。

 

今の私には、その人に対してそれ以上、手助けをすることは出来ません。これは、厳然たる事実。力不足。そして、この事実に対して私が出来ることは、『仕事の価値を高めるために自分を高めること』。他責している暇はありません。本を読むことでも、他人から学ぶことでも、仕事から学ぶことでも、取りうる手段を使って、自分の力を高め、今見えていないモノを見出し、成長していくしかないのかな、と思います。

 

話が飛びますが、そういえば先日、親知らずを抜きました。そのDr.の腕が、すさまじく素晴らしかった。

 

ちょうど数週間前に同じような生え方をした親知らずを別のDr.に抜いてもらい、同じように『比較的抜きやすかったですよ!』というコメントをくれたのに、術中の気遣い、手術の腕・速度・痛み、そして身体的な変化としてはっきりわかるのですが、術後の出血や回復度合に明らかに差があります。

 

比べている別のDr.も、とても腕が良く、地元のクリニックの方とやはり差がある様に思えました。初めて施術してもらったとき、すごいな、と思ったぐらいです。

それでもなお、そのDr.との差は歴然としていました。まさに上には上がある。とはこのことだと思います。

 

こっそり調べると、口腔外科の責任者でした。日本を代表する大学病院の一つの。本人は『歳食ってるだけで、みんなとおんなじだよー』とか言ってましたが。この慎ましやかさも素敵。

 

で、ここから何を思うかというところなのですが、技術にしろ、仕事の価値にしろ、人間性にしろ、高めようとする限りはどこまでも高められる、ということを思うワケです。

 

私も指導を任されるぐらいなので、その人と比べ、スキルや仕事は少しはデキるといっていいでしょう。でも、まだまだ。そんな差はどうでも良いくらい、雲の上にいる人がたくさんいて、私の見えない高見から、私の出来ない仕事をガンガン、こなして価値を生み出しているんだろうな、と。

 

そんなことを常に意識しておきたいな。と思う訳です。

 

いまは力が足りなくて、他人を伸ばすことが出来なかった。でも、ま、いっか。

もっと自分にベクトルを向けて、自分を高めれば見えてくる世界、できる仕事の価値も高まっていく。そうやって地道に考え、自分を磨いていくっきゃないのかな、と思った金曜日でした。

 

 

 

そういえば、とても久しぶりの更新になってしまいました。

コメントやご指導いただけると嬉しいですし、励みになります。

ブログが続きますように。。。笑

初めて他人に教えるということについての悩みとやってみたいこと3つ

最近、仕事で指示をして、他人に動いてもらうことになりました。

上司になったわけじゃないんですが、一緒にプロジェクトを完遂させなければいけません。

 

感想として、

  • なんて作業が遅いんだ!
  • めっちゃ余裕をもって、指示を出したのに、なんて手際や優先順位づけが悪いんだ!
  • 具体的な指示をだしたはずなのに!
  • なんてひどい資料をよこしてくるんだ。ビジネスパーソンとしての最低限の責任感とか誠実さはないのか?
  • やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめたつもりなのに。。。
  • 1人でやった方が早いぜ。

もう、PPT資料作成の動作一つとっても、じれったくなってしまう。

表には出さないようにとても努力しているけど、出てしまっているかも。

いや、出てるな。多分。

あかん

でも、これじゃぁいかんな、と思うワケです。

 

自分の出来ないことを易々と出来る人がいるように、自分が容易に出来ることが、案外、ささやかなコツや知識一つ知らないだけで突っかかっている可能性もあるでしょう。得手不得手において、不得手を詰めるべきじゃぁない。そもそも、自分視点で他人の作業を見ること自体が、教える側として、甘いのでしょう。

 

自分ひとりでは出来ないものを創り上げるために組織はあって、その中でたまたま、私が教える側にいる。そういう慎ましさを忘れない様にしたい。いつか、肩書上、上にたつことになる様なこともあるでしょうが、そういった立場になったときの良い訓練になるのかな。何とかせねば。と思っています。

 

そこで休み明け、他人をモチベ―とするために心掛けたいな、と思うことを書いてみたいと思います。いろいろご意見いただけると嬉しいです。

 

ビジネスの参考は、もちろん赤羽さん。もう一度読み返して、あー、結構、やらかしてる私。という感想です。

www.amazon.co.jp

①自信を失っているときにうまく接する

そういえば、モチベーションが低い理由について、思い当たることがあります。その人は、あるプロジェクトにむちゃくちゃにアサインされた結果、成果を出せずにはじきだされ、その結果私のプロジェクトにアサインされています。

 

私のプロジェクト単独での仕事ぶりを見ていると、『社会人としての最低限の責任を果たして欲しい/給料をいただいている自覚はあるのだろうか』というようなことを言いたくなります。社会人として至極当たり前の義務かもしれませんが、口に出してしまうと猛烈に強烈な一言です。でも、自信を失っているときは、何をやっても、うまくいかないものですね。そもそも、いくつか他のプロジェクトでの負担が大きくなっているのかもしれません。

 

往々にして、わざと自身を失わせ、詰め、自分の有意性を保とうとする上司がいます。人間の支配欲というのは、それほどに強い。確かに、他人からなめられることは、嫌ですね。

 

ですが、部下の成長を願うのであれば、部下を詰めることに何のイミもないはずです。リーダーシップとかは、一朝一夕にできず、日々の積み重ねでしかできない。だから、仕事の遅さや、できないことに対して詰め寄るのでなく、何とかフォロー出来る手立てを探っていかなければいけない。何とかして琴線に触れれば、開花してくれるかもしれません。

②先入観なしに話を最後までよく聞く

そんなことを思いながら本を読んでいると、”先入観なしに話を最後までよく聞く”こんな一文が、赤羽さんの書籍にあって、ハッとしました。そういえば、他人の顔をあまり見ずに話を聞くクセがついてしまいつつあるような気がしています。

 

席が近いので雰囲気で、なんとなく辛そうだなとか、たるんでるな、とかそういう雰囲気を読み取ることはできていたつもりでした。加えて、決して頭の中を整理する訓練が出来ていない人なので、じれったくなって、先に答えを言ってしまう様なことがありました。

 

確かに答えを与えることが出来たのかもしれませんが、可能性として、①知りたかった本質的な答えを得られなかった、②答えを得られたけどもっと聞いてほしかった、③素直に愚痴も含めて聞いてほしかった、とか。ビジネスの答えだけじゃぁなくて、結構、人と人としての付き合いを求めていることもあるでしょう。そもそも、質問するときに、何が知りたいか/何がわからないか明確でない、ということは結構ある。どうしたらよくてわからず、感情的に助けてほしくて、他人に聞くときもあるでしょう。

 

私自身、ドライかウェットかというと、ウェットな人であるつもりでいました。でも、他人からそう見えないらしいことは往々にして指摘されます。、思ってもないことを言われることがあり、他人を殺しそうな目をしている、とか、PCを見ている顔がヤバイ、とか、そっけないとか、愛想ないとか、言われます。心外なんですけど、仕方ない。

 

自分の思う自分と、他人が思う自分には常にギャップがある。この前提に立つと、このギャップを埋め、相手をモチベ―トするためには、相手をよく観察することが必要であることに気付きます。気を遣ったつもりが、全然響いていない、みたいなギャップを埋めないといけません。

 

佐々木常夫さんなんかは、かなり部下の私生活なんかに入り込んで話を聞いていた様で、こうした私生活の状況を含めて、モチベーションをマネジメントして、サポートする必要があるのかとも思います(読んだのがだいぶ昔なので、引用元の書籍忘れました)。仕事とプライベートは別。そりゃそうですが、でも、現実に、プロポーズ失敗した翌日はやる気出ませんもんね(例えば)。

 

だから話、ちゃんと最後まで聞こっと。

 

③目標設定の合意

仕事をアサインしたのは、私の上司。私は、教わる側と同列の人間 で、あくまで”教えろ”という指示のもと、動いてもらっています。同僚が、自分のキャリアの中で、今の仕事をどのように思っているのか。もう、やめたいと思っているのに、仕事が割り振られ、私がこれを指導しなくてはいけないのか。あるいは、単にナメてるのか。

 

そもそも、どんな思いを持っていようが、『指示が間違っている』様に思われようが、『無価値な仕事』である様に思おうが、仕事はやらなければいけません。この対価に給料をいただいているのですから。間違っているとか、無価値であると思うなら、その思いの丈を、理屈の限り説くべきです。でも、答えが曖昧であるのならば、或いは、『これが正解です/価値のある仕事です』という提案を出来ないのであれば、指示に従うしかありません。

 

嫌ならやめればいいのですから。それを、いまと変わらない生活がしたい、でも仕事は無価値だ(と思う)からやらない、というのはあまりに考えが幼稚だと思います。仕事は仕事。果たすべき役割は果たしてもらう必要があります。これが一つの前提として共有しなければいけないこと。

 

しかし、仕事への姿勢というのは、人それぞれということも理解しなければいけないのでしょう。上に書いたモチベーションについても、同じ会社・部署にいても、違う目的をもって働いていることがふつうでしょう。そんな状況を踏まえながら、自分の仕事への思いと、相手の仕事への思い。過去に携わったプロジェクトでのトラウマ。出来ること、苦手なところ。そんなところをすり合わせながら、目標/何のために何を達成するために動いてもらうのか。この点を合意することがモチベーションにつながるのかなと思います。

 

これは1人1人違うので、中々難しいですね。上司(じゃないけど)としての力量や、相手の心を読み解く力/を慮る力とかがないと、解決できないのでしょう。

 

でもやってみたいことです。

もっとできるんだ病_心の鍛え方(荒木香織・著)の感想

ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」 (講談社+α新書)(荒木香織さん)という本を読みました。

自戒に胸が疼く様な書籍。とても学ぶことが多かったので、思うことを書いてみようと思います。

 

ラグビー日本代表のメンタルコーチで、内容として、メンタルをいかに鍛えるか、ということが体系だって書かれたもので内容自体も面白いです。五郎丸選手のお祈りも、荒木さんがプレ・パフォーマンスルーチンとして確立した様です。

 

非常に面白い本なのですが、この中に珠玉の1ページだと思った箇所があり、以下に抜粋・引用します。

『もっとできるはずだから』そう考えること自体は悪いことではない。でも、過去を振り買ってみて、そう思うことで『素晴らしいこと』が起きたでしょうか?そんなことはないのではないでしょうか。

 

だからこそ、もっともっと、と望むのでしょう。でもそういう人は『誰かが、環境が何とかしてくる』と思っていることが多い。そうしてくれるのを待っている。

 

環境は自分でつくっていくしかない。自分が変わらなければ、何も変わらない。そういうプロアクティブな行動をとらないで、ただ待っているだけでは、『もっと』と望んでも得られるものはない。

 

いま自分が出来ることを精一杯やっていけば、ストレスも少なくなるし、失敗することもそうはない。それでいいんじゃないかとも思うのです。そんなに多くを求めなくても、と....

 

上を目指すことについて

基本的に、日々、上は目指すべきと思います。理由は、この過程がハッピーだと思うからです。人間の普遍的な幸せとして、日々取り組む何かに少しずつ進歩がみられること。これは、人生で最も面白いことの一つなのではないでしょうか。

 

でも、ある目標を立てたとしても、すべてかなわないのが現実です。目標を立て、設定しても、時にかなわないことがあります。ある目標を達成し、次により高きを目指し、目標を立てる。これを繰り返していると、いつしか、その分野で、他人からはスゴイとしか言えない人になるかもしれません。

 

しかし上には上があり、どこかでつまずくことになると思います。

 

スポーツはわかり易いですね。だれしも地域で一番、都道府県一番、学生一番、日本一を目指し、世界一を目指しているうちに、どこかでつまずくでしょう。世界一の一人を除き。仕事も、勉強も、すべからくそのようなもので、人間、だれしも数えきれない挫折の上に、人生を築き上げていくのがふつうです。

恵まれない身体と頭について

アスリートとして上を目指すと顕著ですが、足が遅い、体が小さい、食べても太れない(and vice versa)、運動神経が良くない等。身体的に恵まれないことによって断念しなければいけないことはたくさんあると思います。

 

技能を向上する手段は数多あり、可能な限りの手段を尽くすことで能力を向上することはできるでしょう。でも、どこかに限界がある。

 

私もラグビーをしているため、足が速くなるためにいろいろ試し、体づくりをいろいろ試してきました。その結果、高校、大学、いや、一年前よりも能力を徐々に上げることができました。でも、50mを5秒台で走ることはできないし、ベンチプレスで200kgをあげるにはほど遠い。プレーもうまくなったかもしれないけれど、まだもっとうまくなりたい。でも、アスリートとして下り坂といわれる年齢/加えてビジネスパーソンとしての責務を果たすために、どこかであきらめることになるでしょう。

 

勉強や仕事も頑張ると、結構、伸びるものです。

○○大学に入るとか、年収----円を稼ぐとかいう、可視化・定量化できる目標を立て、着実に道を歩んでいく。素晴らしいことかもしれません。

 

しかしスポーツ同様、お山の大将が集まれば、大将の中で落ちこぼれること、この人には敵わないな、ということが多々出てきます。何をやってもトップクラスだったのが、英語だけ、数学だけ、、、とか。数学に限っても、xxxの理論に関してだけは、とか。年収も人より多いと思っていたら、2桁上の人が居たり。

 

努力の過程で、成績とか、年収とか、論文の数とか、役職とか。こうした可視化されたり、定量的な目標の多くは、あきらめなければならないことに気付きます。

恵まれない環境について

何かをあきらめる”原因”になりうるものとして、外部環境も挙げられます。失敗と平行関係にあるもの。完全に証明はできないでしょうが、因果関係すらあると思われますので、あえて”原因”と表現します。

 

金銭的であったり、家庭環境であったり。或いは、”たまたま出会った人”とか。世の中、決して恵まれない環境にいる人がいます。こういった条件が恵まれていれば、恵まれているに越したことはないでしょう。(逆境を乗り越えることは大切かとも思いますが、論点からずれるので割愛します)

 

でも、そうではない人は、小さい頃から『あぁ、。。。さえあれば/なければ』と思うことがしばし、あると思います。ある目標に向かって努力をしたものの目標が果たせなかったとき、彼我の持つ『環境の差』に責任転嫁すること。これは人間の普遍的な傾向で、数多くの警句があふれています。

 

自身を振り返っても、どうやって乗り越えようか考えあぐね、愚痴がこらえきれないことがあったり、時に涙することもあったし、他人から同情してもらうことも多くありました。結構、多くの方がそういう経験をされているのではないでしょうか。

 

ずいぶんと色々、あきらめてるけど、結構、手に入れている

そんなことをして、30年生きると、ずいぶん、あきらめたことが多いな、と気付きます。でも、あきらめる過程では、あきらめることが嫌で嫌で仕方なく/むしろ大抵はあきらめたことを認めることが出来ず、自己嫌悪になることを繰り返してきました。

 

『もっとxxxしたい』『yyyを手に入れたい』。。。

 

もともと上昇志向や向上心が強い方なのか、こういったことをよく考えてきました。

 

そしてふと気づいたのですが、大抵の目標は手に入れることが出来なかった。すごく高い目標、xxx/yyyに対してコミットしているうちに、多くの人が乗り越えられなかったaaaとかbbbとかcccとか、そういったものは確かに乗り越えることが出来たかもしれません。受かった大学や、テストの点数とか。こういった評価軸においての私の成果は、多くの親が大枚をはたいてでも努力をさせ/或いは自分自身で努力し、それでも、結構多くの人が果たせないものである、こともわかっています。

 

しかし、xxx/yyyは手に入れることが出来ず、常に自己嫌悪に陥っていました。

 

ずっと、『あぁ、なんか足りないな。もっともっと人から認められたい。他人から評価を得たいな』と思っていた。どうしたら良いか考えては試し、挫折を繰り返してきました。こうした人間の承認要求というのは、何ともに御しがたいものです。多くの人が得られないaaa...は得られたけど、誰からも認められるxxxを得たい。そんな欲求のために、満たされない気持ちになることを繰り返してきました。

 

白状すれば、他人に助けてもらいたい気持ちは、結構強いです。そんなこと願っても仕方ないのに。

もっとできるんだ病

こんな自分を振り買ってみると、辛いのは、他人の評価軸と自分の評価軸の境目が曖昧になっているときなんだと思います。

 

他人から評価されたいけど、評価を得られない。だから、冒頭に引用した様な、以下のスパイラルに巻き込まれている。かなり普遍的なスパイラルなのでしょう。

  1. もっとできるはず、と自分を追い込み
  2. 達成できないと、心のどこかで環境のせいにしてしまう(例え強く自分を戒めていても)
  3. 誰かに助けてもらいたいと思う

そして、どうにも自信が持てず、憂鬱になってしまう。

非常に不幸なスパイラルです。

 

また、赤羽雄二さんのセミナーに行き、話を聞いていてこれまた素敵だな、と思ったのですが、日本人の傾向として、『他人をほめるのがメチャ下手。これ故に日本人の自己評価は他国と比べ、ものすごく低い。』所謂、自信を持った人が非常に少ない状況といえるそうです。

 

私なりに加えると、確かに日本人で他人をほめる人はめったにいない。

おそらく日本人の勤勉な性格からか、常にカンペキ、”だれがみてもすごい姿”しかほめることができないからだと思います。或いは、他人のアラを探すのが好きなのかもしれません。これ故に自分の評価軸がぶれ、”他人の理想(≒カンペキな成功)”に達するまで追い求め、もっとできるんだ病に掛かってしまうんだと思います。”他人の思う理想”なんて、実現しえないのですけどね。

それで、どうしたらいいか

その答えとして、冒頭の引用が答えに近いのかなと思います。自分の人生を振り返った様で、涙でそうでした。

 

赤羽さんが、日本人の自信のなさに対しておっしゃっていたことも秀逸で、『ちいさな成功体験を設計し、これを少しずつ超えていく』ことでしか自信をつけることはできない、と仰っていました。日本人は能力はあっても成功体験の設計がヘタクソだ、と。自信持て!で自信を持てたら、苦労しない、と。

 

ですので、大切なのは『今ある環境で最善を尽くす』こと。『もっともっと。何か足りない』じゃなくて、今できる具体的なことを少しずつやる。『めっちゃ頑張って、手に入ったら素敵だな』、という目標を狙うのではなくて、『やったら出来そうだな/成功の手立てが付きそうだな』、という目標を自分で設定し、ちょっとずつ乗り越える。

  

そうすれば、少しずつ幸せな生き方ができるかな。その結果として、少しずつ他人の役に立てるのじゃないかな。

 

そんなことを最近、思っています。

機能に頼らないで仕事を早くするGmailの使い方_5選

ビジネスメールは何を使っていますか?

 

結構、Gmailを使われている方が多いのではないでしょうか。

私も別に何かに惹かれたわけじゃぁないのですが、会社に入ったらGmailだったし、そして使いやすいのでプライベートも、浮気せずにひたすら使っています。

 

そしてパソコン音痴(?)な私。あまり器用な機能が使えません。

でも、そんなアナログな私でも、下記の様な点でメールに、あんまり悩まずにいることが出来ています。

  • メールのレスが早いと時々言われる→仕事が早く進む
  • 受信トレイは、基本的にゼロ;似たような仕事の隣の人は1000件近くたまってた。トレイがゼロだと精神衛生上良いですよね。
  • 返信し忘れのトラブルもない。
  • 探し物に時間を食うことがない。
  • メールを情報収集ツールとして活用できている

すぐにやりやすい習慣と思いますので、もしかして、アナログな方の特効薬になるかもしれません。メールって、仕事の重要なツールで、使いこなしたいですよね。

①フォルダは使わない

後で見返すとき、絶対楽っ!どうやってフォルダ分けしようかなー。そんな悩みは、不毛。というのが私の意見です。

でも、もちろんメールを見返さないワケではないです。誰とも同じ様に見返すことがありますが、下記で代用することで、十二分だと思います。

  • 重要なもの:経済条件や何かの根拠となるようなデータはPDFで保管する
  • 時々、参照が必要になるものはスターをつける(ログインパスワードとか、プロジェクトのサーバーの場所とか)。あとで探すとき、とても楽です。
  • 検索機能を有効活用

検索機能ですが、Gmailはとても優れています。『誰から来たか、どんなキーワードがあったか。いつごろだったか。』探そうと思うメールは、さすがにこれぐらい覚えているとおもいます。そして、これだけあれば十二分に検索できるのがGmailの良いとこです。フォルダ分けに悩む間に、探せちゃう。

②1つぐらいはやっぱりつくる

嘘ついてすみません。1つだけフォルダ、作っています。ニュースだけ、フォルダ分けしています。

 

ニュースは、Googlアラートや、或いは関連するサイトのメールマガジンの様なものをいくつかとっています。が、こればかりは頻繁に開いているワケにもいきません。しかし、情報収集のためにとても重要です。

 

ですので、これだけは受信トレイをスキップして、別フォルダに入れるようにしております。或いは、仕事によってほかにも同じ様な性質を持つメールは、フォルダを作るべきです。そして、時間がある時にまとめてチェックし、情報収集をしています。

 

抽象化すると、『定期的に来る、すぐ見る必要/対応する必要がない、(そして保存が必要なもの)』という条件のメールは、同じようにフォルダ分けすべきです、ニュースは保存しなくてもいいかもですが、サーバーの容量が大きいので放置しています。

 

③いつかみるかも、はソッコウ捨てる

毎日、毎週、会社の全員に飛んでくるようなメール。今日の売り上げや、定期的な依頼メール。こういったものは、開きもせず、ソッコウで捨てます。

 

売上を見ないことは人によって推奨されないかもしれません。でも、私の仕事への要否を考え、本当に必要か問いかけた結果、自分には、必要な時に調べるだけで十分、という結論に至り、こうしています。

 

添付ファイルを開き、ざっと見る時間は2-3分ぐらい掛かると思いますが、ムダにも拘わらず毎日見るのは、時間の浪費に他ならないと思います。1か月(20日)見ると、1年で12時間、ムダにしていることになります。ムダを毎日3分すると、年に1日以上、給料泥棒していることになってしまいます。

 

万一、必要になっても、全員に送られているので、誰か持ってますよ。捨てても大丈夫。ゴミ箱も30日間は残ってます。私用のgmailも、Amazonで買い物したものなんか、これでリカバーしたりしていれば充分です。30日あれば、購入→到着→万一のクレーム、も対応できます。

 

この操作の本質を言えば、他人を頼り、いらないものを捨て、本質的なことを選び取る力をつけることでしょうか。仕事でタイセツだと言われることです。

 

④できるだけ頻繁にメールを見る

仕事の内容にもよるかと思いますが、できるだけ頻繁にチェックすべきと思います。

 

ちょっと考え込んでいるな、という時間。或いは仕事の区切り。そんなタイミングでパッと見て、判断し、対応する。これを繰り返す方が、最終的にメール対応、というまとまった時間の負担が無くなり、楽な気がします。

 

でも反面、見ないと決めたときは見ない 。ポップアップはやめるべきです。資料作成の際に刺激的なメールが来ると、大いなる妨げ、非効率になります。

⑤ソッコウで返す 

出来る限り、ソッコウで判断・返信すべきです。

 

そうするクセをつけることで、『相手ボールで仕事』が進みます。自分でボールを持っておくべき仕事は、できるだけ減らし、本当に必要なものだけにすべきです。そうしていると、結構、(相手も見えを張って)早く返してくれる様になります。こうなると、仕事が早く進み、循環が良くなります。

 

そして、すぐに返せなもの。

これらは、メモだけ書いて、下書きフォルダにとっておきます

『4/16まで(に返事/対応)』、『部長と相談して返信』、『●●の打ち合わせで相談/共有』とか。

下書きフォルダにメールがある=対応事項、というルールを作ることで、対応漏れによるトラブルを防ぐことが出来ています。

   

いかがでしょうか?

もっといい方法あったら教えてくださいね。

 

*下記を相当、参考にさせていただいています。

 

速さは全てを解決する---『ゼロ秒思考』の仕事術

速さは全てを解決する---『ゼロ秒思考』の仕事術

 

 

 

入社3年で転職して得たもの、失ったもの2×2

私は新卒入社3年後に、転職をしています。

その後、転職先の会社で、死ぬような思いをしました。誇張ではなくて、倒れた方がマシだと何度思ったか。

 

忙しさではないですよ。キャリアの判断をあまりに悔いて。

 

何かのはずみで時空が歪み、転職の判断の岐路に立っている自分に会うことがあれば使いうる暴力の限りをふるってでも転職を押しとどめたい。でもまぁ、やってしまったこと。なので私は、これを踏まえてキャリアを生きていくしかない。それはそれで、いいんです。

 

でも入社時にいろんな思いを抱いて会社に入った人も、多分、下記の様な理由で、2年ぐらいすると、やめてみよっかな、と思う人が出てくるのでは。

  1. 入社数ヶ月で激烈なパンチを受けてじわじわと嫌になる
  2. じわじわと、私の人生これでいいんだろうか、と思い始める。
  3. もとから長くいるつもりがなくってそろそろ。。。

そして、なんだか知らないけれど、3年は一区切りとみられているので、そのあたりで転職する人は多いみたいです。私と同じぐらいのタイミング。 そんな方が、少しでも後悔しないため、また苦労している方の参考のため。加えて私の自分の記録・記憶のため。得たものと失ったもの2×2個、書いてみたいと思います。

 

得たもの

①新しい出会い

まぁ必然ですが、得るものは必ずあります。機能している100人以上の組織は、どんな集団でも必ず、素晴らしい人が絶対います100%クズ集団だぜ、こいつら。というのは組織が機能している限り、絶対ない。経験的確信です。

 

何かの理由で、ヤバイ、間違えたぁぁ!!!という組織に入ってしまっても、くじけず。そんな人を探してみてください。私は煮ても焼いても食えない人間と付き合わされることと引き換えに、それと同じくらいの数の素敵な人に会うことが出来ました。素敵な人間と出会えることは奇跡で、素敵と思うからには、幸せなことです。

 

そしてまた、煮ても焼いても食えない人間を、火力が足りねぇのかとか、いったん塩に漬けた方が良いかな、とか言って、足掻いていきたこと。こんなことも、役に立つことがあるのかな、と思います。だって、どこの組織にもいませんか?そういう人。長いキャリアを積む中では、いつかは出会い、付き合い、克服しなければいけない人です。決して無駄じゃぁないはずです(いない組織もあるのかな)。

 

転職してヤバイ、と思っても、或いは、転職前でこの組織ヤバイ、と思っていても。そういったとらえ方が出来ると少し楽になるかもしれません。

 

②ストレス耐性

時として、ワケわかんない会社に入り、心身が削られてしまうこともあるかもしれません。

 

でも、ストレスは必ずしも避けるべきものじゃぁないです。確かに、バキっと折れない様に手立ては必要です。カウンセリングや診療内科、その他の外部機関等、自分を守ってくれる機関がある、ということは覚えておいてください。しかし、ストレスの中からも得られるものがあります。

 

そもそも、無価値と思えてしまう仕事をしていても衣食住足る。これって幸せなことです。そんなことを考えていると、結構、ニュースや何かを見ていて、シリア難民の生活だとか、熊本の震災生活のこととか3.11のときとか、これらに比べれば、仕事の悩みの次元って低くて、生死にかかわることじゃぁないんだ。とか。思うようになります。

 

『 最初から良い仕事なんてもらえない』こともあるかもしれませんし、逆に、『最初から身に余る仕事を任せられていて』も、本当に仕事が嫌で無価値に見えて仕方がないこともあるでしょう。でも、そもそもこういった悩みのレベルは幸せな部類で、悩みをが解決しなくても死ぬことはないんですね。死ぬとしたら、自分で勝手に自分を追い詰めるだけです。多くの場合は。悩みが解決せずに失うものは、いざ書き出すとそんなに多くないし、大したことない。得てして、不安は心の中で勝手に実体以上に大きくなっちゃうものです。

 

そして、そんなストレスを繰り返していると、経営者の自伝とか、何かの本を同じように読んでいても、見えてくるものが違ってきます。『あぁ、明日が見えないとは、こういうことなのだな』とか、『あぁ、右腕に裏切られるとは、こういう気持ちか』『経営が傾き、手が打ちようがないときって、こういう気持ちに近いのかな』とか。そういう見え方が、以前より骨身に染みてくる様になりました。同じ環境にいたら頭抱えるでしょうけど、手に取る本から得られるものが、以前よりも数段大きく身近になる様に感じます。成長の一つといえるのかもしれません。

 

また、科学的にストレスが力になることを示した書籍&TEDもあります。面白いです。ケリーさん素敵。訳者も秀逸。 

スタンフォードのストレスを力に変える教科書 スタンフォード シリーズ

スタンフォードのストレスを力に変える教科書 スタンフォード シリーズ

 

 

www.ted.com

 

失ったもの

①素敵な上司

多分、入社しばらくすると、他の人よりもある程度仕事ができる様になる人が居ます。でも、そんな『他と比べて出来る人』でも、上司に相当、守られています。たとえ阿呆に見える上司でも。ましてや優秀な上司ならなおさらです。

 

結構、『他と比べて出来る人』は、以下の点から、『自分はもっと活躍できる場がある』ように思い、転職を考えたりするのではないでしょうか? 

  • 周りの人よりスキルが身について、『ヨロシク!』と言われた仕事を、周りの人間よりも早く正確に、より完成度良く出来ている
  • 英語が出来たり、第二外国語が出来たりして上司に頼られている
  • サイエンスやテクノロジ―の専門知識があって、かつ会社とのマッチングが良くて、入社数年で知識面で頼らる

それ自体の価値は否定しません。しかし、こういった点で優れていても、統括的に見ると上司は思っているよりも自分を見ていて、思っている以上のモノを与えてくれており、自分の至らなさをカバーしてくれています。

 

あとから気付くことですので、きっとその場では気付ないのでしょうで仕方ないのでしょうが。私も他人に教える立場になり、初めて上の苦労に気づくことがとても多くてショックでした。「上だったらどうするか」、ということを考えることはとても大事と言われますし、意識していたつもりでしたが、マダマダでした。

 

この点から、自身のキャリアの最大化のために考えるべきこととすれば、以下の様な問いかけを常にした方が良い様に思います。 これらを突き詰めて考えると、少し自分のキャリアを構築するためのヒントになるのではないでしょうか。

  • 今の自分はどこまで通じるか?グローバルレベルを10としたとき、自分のスキルはどんなレベル?
  • ホントにここじゃぁ、もうスキルを伸ばせないの?
  • 新しい環境なら伸ばせるの?
  • それは、結局は誰かのためになるの?スキルを伸ばすと誰が喜んでくれるの?(≒雇ってくれるの?価値として認めてもらえるの?)
  • このスキルのキャリアの中での位置付けは?このスキルを生かしてどうなりたいの?
  • なぜ、そもそもこの会社に入り、このスキルの向上に努めてるの?

②キャリアの安定

転職回数は、結構、キャリアリスクにつながることがあり、その後の転職に影響することがあります。日本国内ではまだ、現実的な面です。終身雇用の傾向が薄れてきたとはいえ、転職回数を増やすことがプラスになることは考えにくいです。中途採用に関して、いくつか思いつくリスクを挙げておきますね。

  • 日系企業は特に、生え抜きを重んじる風潮があり、組織の中でキャリアを積み上げていきたい方にとっては転職は同一組織の中のキャリアアップの芽を摘む可能性があります
  • 人生の中での仕事の位置づけにもよりますが、人によっては同一企業にとどまるメリット(サラリー、ライフスタイル、退職金等)を一概に、否定できません。
  • 第二新卒、という枠が入社3年目程度まではあります。しかし、その後は『どういった仕事をしてきて、何ができるか』がより重視されます。ポテンシャル採用のウェイトが減り、専門性のウェイトが増え、募集要項の制限が狭まっていきます
  • 中途入社を迎える体制(教育等)が整っていない環境は多い。
  • 長期的な視点で人を育てるというより、『使い捨て』のための中途採用が現実的な理由である企業もある(欠員による人員補充は要注意です)

最後は自分で

転職は慎重に。最後は自分で、としか言いようがありません。転職の正解・不正解なんてやってみないとわからないものです。成功に見えても、長い目で見ると失敗かもしれないし。逆もしかり。転職しろとも、するなとも、言えません。それがたとえ、身近な人でも、結局は好きな様にしたら?としか言いようがない様に思います。

 

ただ、転職したらこういうことあるよ。こういう思いをした人がいるよ。しんどかったけど、何とか生きているよ。これは私の経験であり、事実です。

 

転職を考える人は多い様ですが、そういう方のより良いキャリア形成の参考に。いや、どちらかというと、就職や転職失敗しちゃったぜ、という人の心の支えに一番なりそうかな。

 

誰かの参考になればうれしいと思っています。