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サイエンティスト・事業戦略担当・コンサルタントとして、企業の課題解決に取り組んできました。気ままにですが、参考になりそうなことを書いていければと考えています。コメントをいただけると嬉しいです。

英語が出来る人ときっと一生しゃべれない人 Part 5 (英語が出来ると思い込んでる)

英語

シリーズとして、最後。5つ目です。初めて御覧になる方は、こちらのIntroから、私が何をお伝えできそうか、ご確認ください(各リンクもご参考ください)。

 

  1. 何のために英語を勉強するのか考えていない
  2. 日本語が出来ない
  3. テキトーでいいのに。。。
  4. 週末にまとめて勉強しちゃ、ダメだよ
  5. 英語が出来ると思い込んでいる

英語で得られるチャンス

英語を少ししゃべれるようになると、会社内外で得られるチャンスが間違いなく増えます。海外企業とのプロジェクトや、海外出張、もしくは駐在...同期入社の人にとって羨望のチャンスが手に入るかもしません。英語が出来て当たり前、という環境であれば別ですが、得られるチャンスが多くて妬みを買うことさえある様な気がします。転職エージェントから紹介される企業の幅が広がり、サラリーも上の提案が来ることがあります。

 

私も入社一年目に、海外出張に行かせてもらいました。

その後も、ただ英語が出来るというだけで、イキナリ偉い人の中に放り込まれることがありました。また、英語が出来ることを聞きつけて、他部署からも『英語で作って』という様な依頼もあったりしました。入社初期から多様な仕事ができ、良い経験であることには間違いありませんでした。

 

社会人2年目から、『英語ならこいつのところへ』という傾向はより顕著になりました。必死に学び、働き、お陰で入社当初よりは力がつきました。Introで書いた通り、私は社会人になるまで、ロクに英語でのコミュニケーションをしたことがありませんでした。このキャッチアップのために、コツコツやってきたため、喜びも一入です。

英語が出来るリスク

しかしながら、そうした努力が仇になり、生意気な社会人2年生が出来上がってしまいました。ちくちく触れているのですが、英語が出来る=仕事ができる、ではないのですよね。このパートは自戒でもあります。そして、自戒でありつつも、結構、英語力=仕事力という勘違いをして不幸になる例は、多くみられます

 

同期がマネージャーを介して部長にモノを言う頃、私は英語が出来たことで、部長と直接やり取りすることが多くなりました。他部署との関わりも、ほかの同世代の人よりも多くなりました。同世代の人がしないことを出来る、というのは、スキルがあることで得られる共通のメリットです。

 

でも、多部門に関わる仕事柄、必要だから話していただけであって、部長と同じレベルの仕事ができる訳じゃぁない。でも未熟な私は当時、その点が曖昧になりつつありました。

 

 なんだか、自分が部門やプロジェクトを背負ってしまっている様な感じになって、越権の判断をしたり、責任を感じ過ぎて勝手に疲れていた様な気がします。責任って、一人で背負いすぎるものではないし、ある種、他人にシェアする/任せる/仰ぐことも責任です。背伸びや責任感も必要ですが、同じくらい、思いとどまる自制心や他人に任せる勇気も必要です。でも当時は、それが出来なかった。

 

当時のマネージャーは、幸いにも極めて優秀であったため、こういった危うさを気にかけて、守ってくれていた様な気がしています。お陰で何とか道を踏み外さずに今まで生きていますし、私の過去のケースのまま、行き過ぎてしまった人を見ることで、自戒にとどめることが出来ています。未だ感謝の念に堪えません。

 英語が出来るけどやばい人

仕事に必要なことの1つに、自分だけで考えない・やらないことがあります。このためには『正確な情報を、的確に伝えること』が必要です。

 

当たり前で簡単そうでいて、難しいです。英語でも日本語でも。

 

正確に情報を得て伝えるためには、何度も質問したり、真意を確認したり、質問のアプローチを変えたり、言い換えたり、意見をまとめたり、共有すべき背景知識を得たりetc..、情報の本質をつかまなければいけません。週末にまとめて勉強しちゃ、ダメだよでも書いてきましたが、英語で必要なことと、相当、似ているのですよね。

 

本来、情報の本質をつかむためのスキルは、共通認識を持てる言語(日本語)で、仕事のわかる人が、わからない人に伝えていくものなんだと思います。

 

しかし、英語だけが出来る部下と、英語ができない上司の関係だと、部下の英語力に頼ってしまうことがあります。環境によっては英語ができることで仕事の自信が早くつきやすいのですが、反面、これが仇になることがあります。

 

まして、『仕事もよくわからない上に不十分なの英語力の部下』に任せてしまう/任せざるを得ない上司だと、極めて悲惨なことが起こります。部下は、英語が出来る自信と、仕事が出来る自信がごっちゃになってしまい、横柄になっていく。そんな阿呆くさいことが、結構あるのですよね。特に、英語が出来る人材が貴重な環境ほど、危ういのではないでしょうか?些か鼻が伸びすぎた英語だけが出来る人、いませんか??

 

英語が出来る人は、会社にとって便利です。でも、便利故に便利使いされてしまい、仕事に必要な本質的な能力が身に着けられなくなってしまうリスクがあります。英語を使えている様で出来ていない。英語が出来ると思い込んだ状態になります仕事になっていないのに。

 

そうなると、末路は悲惨です。 社会人としての駆け出しのころに英語で身に着けた中途半端なプライドだけ残り、残りの社会人生活を棒に振るようなことになりかねません。

 

どうか、英語が出来ると思い込むことで不幸になることがあることも、忘れないでください。スキルは仕事の本質ではなく、あくまで、仕事のチャンスを得るための道具です*。

 

*仕事の本質と手段の取り違えを啓発する本はしばしあり、気付かされることが多いです。これもまた、面白かった本の一つです。気が向いたらぜひ。

 

 

英語が出来る苦労

英語が出来ることで、余計な苦労をする必要があります。

 

私事で言えば、英語ができることで、キャリアを狂わされてしまった様な気さえします。学生時代から研究職を志していた私にとって、英語力は必要だからつけなければいけなかった”手段”でした。文献を読むためです。しかし、入社当時から海外プロジェクトに入り、ビジネス英語に必死こいているうちに、学生時代の夢から徐々に離れ、いつしか当時の夢は忘却の彼方に飛んで行ってしまいました。

 

同期でいち早く評価が上がったことから考えても、相対的に仕事も多かったのだと思います。しかし、やりたいことからますます離れていくような仕事が、どんどん増えていきました。

 

理不尽でしょ?と大人げなく思ってしまうことがたびたび、ありました。どしどし降ってくる仕事につぶれそうになったこと幾度と知れずです。

 

そんなグロッキーな中でも、勉強は常に続けなければいけません。更には、英語に奢ると上記の通り、悲惨な末路を迎えます。

それでも英語はいいよ、思う訳

でもその反面、得られたことがあります。

 

私の場合、いずれも脇汗だくだくでしたが、どこぞの社長やグローバル事業部のトップの前でプレゼンするハメになったり、毎月新車買えるような家賃を払っている人がビジネスパートナーだったりetc...、エリート街道とは遠かったぺーぺーの私にとって、20代にしてこんな人と会っていいの?というレベルの人と会い、ビジネスの話をすることが出来ました。

 

なめられていたと思いますが、でも間違いなく、得難い経験です。少しは肝っ玉座りましたし、大いに刺激になっています。学生時代、思い描いていたキャリアからはずいぶん違いますが、でも、想像もできなかった貴重な体験、昔の私からは想像もできなかった仕事をしている。それこそ、自分の世界を広げることが出来たような気がします。

 

だから、いつか書いた様に、英語が出来ることで得られる目標みたいなものも持ち続け、頑張ることが出来ています。英語できると、なんか面白いことありそう、と。

 

ですので、大変ですが、それを乗り越える覚悟があれば、英語にチャレンジすることをおすすめしたいです。そのかわり、中途半端は絶対におすすめしません

最後に

Introの通り、私のレベルはまだまだまだまだ。勉強が必要です。

 

でもそれゆえに、『英語のプロフェッショナルと、ビギナーの橋渡し』の様なことが出来ればいいな、と思って書きました。 もし、何かの参考になれば幸いです。

何かお気づきのこと、ご指導など、コメントなどいただけたら嬉しいです。

 

一緒に頑張りましょう。