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サイエンティスト・事業戦略担当・コンサルタントとして、企業の課題解決に取り組んできました。気ままにですが、参考になりそうなことを書いていければと考えています。コメントをいただけると嬉しいです。

ムチャ振りvs.丁寧な指導について思うこと

無茶ぶり。受けたことありますか?

私、結構あります。

  • 入社直後、上司が把握していない内容を説明させられる
  • そして、なんで把握してないんだ!と詰められる。
  • 元上司の虚偽報告の後始末をさせられる。
  • 1時間前に打ち合わせに出て!⇒逐次通訳を求められる。
  • 社内で誰にも見せてもらったことが無い内容を、他社の前でプレゼンをさせられる。
  • 要領の悪い同僚が定時に帰る横で、残業続きの私に仕事が来るetc...

あるあるでしょうか?当初は相当、嫌で、相当血圧が上がりましたが。。。

 

あぁ、もうこんな思いは他人にはさせたくない

嫌な思いをすると、私は結構、こう思います。

こんな阿呆くさいストレスによって、失われることは沢山あります。たとえば、

  1. 仕事の効率:ストレス程、効率を落とすものはないです
  2. 仕事へのモチベーション
  3. 上司への信頼
  4. 体調
  5. 休日
  6. 数百万円:もし人が一人辞め、新しく雇用しようとすると、採用するために数百万円~うん千万は失われます。
  7. ナレッジ:辞めた人のナレッジの喪失は、プライスレスですね。

阿呆くさいストレスが理由でやめることは、会社にとっても個人にとっても、決して幸せなことではないと思います。

 

他人の人生は束縛するつもりはないですが、でも、素晴らしいと思う同僚とは長く働きたい。良い成果を皆で味わいたい。外資コンサルは一般的に入れ替わりが激しいといえますが、でも、『阿呆くさ、やってらんねー』、と思って思ってやめるひとって少ないのでは。

だからできる限り丁寧に教えてきた

自分がしてきた嫌な思いを他人にさせたくない。そう思うため、できるだけ自分の仕事を任せる相手にはストレスをかけない様にしてきたつもりでした。例えば。

  • まずはやって見せるのが第一。
  • アウトプットのイメージを必ず見せる/可能な限り具体的な指示を
  • させてみた資料も、ミスは依頼者(私)の責任|資料はすべて添削してから報告
  • ポジティブフィードバック
  • 矢面には自分が立つ
  • 任せられるまでは、すべての仕事の内容を自分で把握しよう
  • 仕事を依頼するにあたって、他のプロジェクトの仕事量が多すぎはしないだろうか?⇒必ず、把握している第三者に仕事を依頼しても大丈夫か確認してから依頼。
  • 逐次状況確認、納期は想定所要時間の10倍は見る

書籍など参考に、余計なストレスをかけない様にしてきたつもりでした。赤羽さんもすごいが、山本五十六さんの名言は深い。僅かな言葉で本質を的確についてる。とか思いながら、指導方法をあれこれしてました。

www.amazon.co.jp

 

しかし。。。

まったく伸びなかった。半年前に教えた事項も、全くできず。

 

なぜ、こんな未完成な資料を出すのか?と聞いたら、言い訳ばかり。

教えてもらわないとわからない。アレが忙しい、優先順位の高いコレを優先させた(さっきまで勉強のためのセミナー報告書を書いてたじゃねーか/他部署に動いてもらうための資料なのに...)。とか。

 

その繰り返し、もはや見限り放置。そんな(←ぐだぐだ書きました)経験をしました。

 

あれがいけなかったか、これがいけなかったか。或いは、あいつが悪いこれが悪い。そんなことをぐるぐるといろいろ考える中で、どうしても、自分が受けてきた無茶ぶりが、思い出されます。

 

結構私、無茶ぶりによって得たものもあったんじゃないか?

 

上手くいかなかった理由はほかにもたくさんあると思います。やりようもたくさんあったと思います。私が一方的に文章を書いている限り、私もいつの間にか自分を擁護します。私に見えない自分の咎を見出すことはできないでしょう。

 

でも仮に、私の教え方が理不尽であっても理不尽な物事を乗り越えることが必要なのだと思うのです。

 

スポーツのトレーニングを聞いていると、よくあります。

  • 血尿が出るまで走らされた。
  • 夜通し、40km走らされた
  • 試合の後、負けたから10km走らされた。
  • 擦り傷でリンパが腫れまくっても毎日走ってた。
  • 骨が折れても試合に出てた。
  • ミスすると、めっちゃ殴られた。 など...

だから日本のスポーツはダメなんだ!!!という理論も良く書かれていますし、どちらかというと、私は大いにそっち考え方です。

 

でも反面、これぐらいの無茶をしてきたから、少々の逆境は乗り越えられちゃうような気がするのですね。まったく上記の事項を推奨する訳ではありません。理屈のない根性論はとても嫌いなのですが、でも時々、一理あるなと思ってしまうのです。

 

”根性”ないとやってらんないことって、ビジネスでもなんでもよくあると思うのですよね。

 

ある種、上記の例に近いことも経験してきた私としては、超嫌でしたけど、何とか”キアイ”で無茶ぶりを乗り越え、ささやかな成果を挙げることが出来たのだと思います。

 

何とかストレスに堪え、乗り越えるためにいろいろ勉強・工夫し、効率的に業務出来るシステムを作ってきて、それがうまく回る様になりました。他人にも、もちろん助けてもらいました。本当に感謝です。他人に頼ることも仕事の一つですね。

 

反面、人に依頼したとき、ちょっと納期キツイかなと思うこと、すなわち無茶ブリをバッチリやってくれた時とか、方針が定まらずにもやもや終わった次の会議で、しっかり考えたモノを持ってくる人とか。おぉ頼もしいと思うのが素直な感想かと思います。

 

混沌としたビジネスシーンの中で、そうそう、指示した通りにやるだけで良いことなんてなくて、現地現物を見て、指示された側が何らしかの判断をしなきゃいけない。ある種、無茶ぶりな事態も必然的に生じるのかと思います。

 

理論派ラグビー選手/監督の平尾誠二さんも、理不尽に勝つ!という様な本で同様なことを書いておられます。結構、普遍的な真理の一つなのだと思います。

結局、、、

どうしたらいいんだろうね、という答えは、出ていません。

 

私の教え方の咎/もっとよく教えられたよね、他人の育て方はまずかったよね、というのは、生涯かけて反省し、他人を伸ばすための力もつけていかなければいけません。

 

でも一方、他人をものすっごく伸ばすことの出来る人に出会えること、って中々ないですよね。

 

極めて才能に恵まれた選手が、優れたコーチに最初っからつくことが出来ることは、極めてまれです。素晴らしいアスリートが出来あがる確率って、例えば0.1%の才能×0.1%の出会い、みたいなイメージで、奇跡に近い。

 

この奇跡が起こる蓋然性を、どのように高めていくか。

 

それって、自分の努力しかないと思います。どんな時も言い訳せず良いパフォーマンスを見せる×誰かに見てもらえなくてもそれを繰り返す。すると、どこかで見てくれる人がでてくる。

 

見出されないこともあるけど、しかし、無理かもしれない事に対して頑張る。そういう力というのは、どうしても必要なんだとおもいます。時に先が見えなくても、頑張ること。これがないと、ニンジンをぶら下げられた馬の様です。

 

成功したアスリートには、運の良い様に見える人もいるかもしれない。ただ、運が良かろうが悪かろうが、本人が出来ることは、たとえどんな環境にいても、腐らずに自分を磨くことしかないのだと思います。

 

ビジネスでの成長のために

これと同じように、ビジネスも、たとえどんな理不尽があっても、腐らず、自分のキャリアで成したいことのために邁進する。

 

いや、我慢するだけではないです。逃げることも大事です。異動も転職も、第三者に訴えるのも、手段はいかようにもあります。アスリートの成功と比べれば、仕事での成功の形や手段は多様ですから。

 

下記のお気に入りのブロガーのブログもよくよくご参考ください。とても良いことが書いてありますので、自身の置かれた環境とのバランスを考えてください。この考え方は考え方で、100%Agreeです。

 

www.outward-matrix.com

 

ただ、逃げてもどこかで似たような壁が立ちはだかります。

 

プロジェクトAで大トラブルが生じたと思ったら、Bでもトラブル。過去に片づけたCに関して引継いだ部門から質問。トラブルの匂い。とおもったら、プロジェクトDで急きょ、大きな打ち合わせをしなくてはいけない。とかいってたら、新たなプロジェクトEにアサインされちまった。

 

理不尽。世を周りを、環境を憂えたくなる。そして事実、世が周りが、環境が悪いことだってあると思います。

でも、何とか我慢する。仕事は何とかしてやり切る。志を果たすために環境は変えたとしても、現実からは逃げない。例えそれが価値の無い様に思えても、自分で選んだ/受け入れた環境なんだから。

 

たとえ私の教え方が悪くっても、志あらば自分で学んでほしい。言い訳して逃げてばかりいないで。

 

そんな力もちょいと必要だと思うのです。

 

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