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サイエンティスト・事業戦略担当・コンサルタントとして、企業の課題解決に取り組んできました。気ままにですが、参考になりそうなことを書いていければと考えています。コメントをいただけると嬉しいです。

母親が癌に侵され、死が近い時に思うこと

私の母は末期がんで、1年寿命が15%と言われています。

その後、奇跡的に2年間生きることが出来ました。

 

しかし今、投薬効果がないために投薬を打ち切ることになりました。

こうなると、数ヶ月も余命はないと言われています。

 電話越しの声は変わらないのに、数ヶ月後には、その声が聴けなくなる。

その確率が極めて高い。

 

5発の弾丸が入った拳銃が、一年かけて母親のこめかみでじわじわと引かれる。それよりも高い確率で母の死が起こる。 そんな2年間を過ごしてきました。

  

肉親の死は、いつか誰もが必ず直面する事実。

これをどう捉え乗り越えていくか。

誰もがいつか、考えなければいけないことです。

とてもつらいことです。

 

仕事に悩み、アスリートとして悩み、或いは人間関係に悩み...こうした誰もが抱える悩みと同時に、母親の死が間近にあることを感じていました。

 

どこかの誰かが考える際に、私の経験が

わずかでも助けになればと思い、書き記しておきたいと思います。

 

最初に聞いたとき

父と電話をして聞いたのが初めてだったのですが、バイクで転んだ様な感覚でした。今まで、風を切り、自分の自由のままに運転していたマシンが急に自由を失い、手元から離れる。聞き慣れない音と共に、地面に叩きつけられる。見える世界、体感している世界が変わり、その後、じわじわと痛みと後悔が沸いてくる。なぜ、もう少し早くブレーキをかけなかったのだろう。と。悪態を吐きたくなる衝動と共に、痛みが身体を襲います。

 

病態を初めて聞いたとき、耳に聞こえる父の悲痛な声が耳を通り、声を聞く感覚が変わっていく様でした。別段、言っていることが理解できない訳ではないのですが、どこか遠くで起きていることの様に。まさか、自分の身の回りにそんなことが起きるとは。日々、全く別のことで悩み、母のことを考えることなんてほとんどなかったのに。実感がわかない、という言葉がありますが、正鵠を得た表現で、身体全体が事実に馴染めずにいた様な気がします。

 

同時に、いろいろなことを考えます。仕事のこと。残された時間を何して過ごそうか、何をしてあげられるだろう。これからの両親の世話。過去の遺恨。残したこと。あぁ、まだ結婚なんて遠いや。いつ帰れるだろう。。。思考が支離滅裂になりました。

 

その後、最初に病院の母に会ったときは、涙が止まりませんでした。表現したい感情が、表現できる言語を遥かに超え、堰を切った様に涙があふれるました。自分でもなぜ涙が出るのかわからないぐらい複雑な感情が私を襲い、涙が止まらなくなった気がします。なんで泣いているのか、わからない。言葉というのは感情を表現するには極めて不足していて、それゆえに人は本を読んだり、人の話を聞いたり、或いは他人に話しをしたりして、このギャップを埋めようとするのかもしれません。

 

要するに、とても悲しかった。言葉を尽くしても表現できないぐらい。

村上春樹の小説に、『ことばで説明してもそこにあるものを正しく伝えることはできない。本当の答えというのはことばにできないもの(海辺のカフカ)』、という好きな表現があります。感情とはこういったものなのかな、と思います。

 

何をしてあげられるだろうか?

このテーマは、母の死を知った後、一番考えた気がします。

出した結論は、普通に生きること。自分の信念に従い、自分のしたいことを、或いは自分の出来ることを、日々行うこと。結果として、母親には特別に、何もしていません。

 

何が喜ぶだろうかと、ずいぶん考えました。

一番考えたのは結婚することかな、とか考え、それは結構、良い筋なのかな、と今でも思います。母親も明らかに望んでいました。『まだ嫁を連れてこないの?』と、よく言われます。

 

折しも、当時付き合っていた人がいて、別段、プロポーズをしたとかではないですが、少し気持ちが急いた付き合い方をしていました。相手も、そして自分も、まだその気持ちになっていないのに、『形として』結婚出来たら素敵だな、と、結構思っていました。形として。相手にとってはずいぶん、迷惑な話でしょうね。

 

随分、チグハグになって、理由はそれだけではないでしょうが別れることになりました。今は、これでよかったな、と思います。もしも、結婚の理由の多くを『母親が病気だから』という割合が占めたら、これは結構な不幸を生みかねない様な気がします。後押しになったとしても、理由の多くを占めるべきじゃぁない。振り返っても、お互いにとって良い判断であった様に思います。

 

仕事も、非常に苦しい時期にいました。少し、仕事の割合を減らしたり、妥協することも必要なのかな、とか考えました。でも、結局しなかった。

 

憧れのポジションにはついたものの、上司の自己保身、自己満足や自己の出世のための様な仕事に付き合うことに辟易していました。また、人間としてもビジネスパーソンとしての姿勢、人間的な価値観、美意識が違う人間と付き合うことは極めて苦痛で、ビジネスマナー/ビジネスパートナーへの態度、基礎的教養の欠如、知識を学ぶ姿勢といったことが日々癪に障り、苛立ちと辟易に心身をすり減らしていました。

 

そんな中でも、『何度も転職を繰り返すと、母親は心配するだろうな』、とか、そんなことも思いました。心配させたくないな、と。母は終身雇用全盛の頃を生きた人です。結局、転職したのですが、ずいぶんと驚かれました。

 

でも、良かったと思っています。辟易は解消され、仕事のアウトプットの質/仕事の価値を高めることを目指す環境に移ることが出来ました。日々吐いていた深いため息を、この前いつついたか思い出せないぐらい、つかなくなりました。もし、転職を思いとどまっていたら今、胃に穴が開き、精神障害を負い、生涯、何の価値も生み出せないビジネスパーソンとなっていた様に思います。

 

結果として、『母親のためを想って』やろうとしたことは、全くうまくいかなかったですが、『自分のため/自分の信念に従って』生きていくことは、うまく回り、ハッピーにつながりました。結局、それが母親にとって、形はなくても、息子としてやれる一番のことなのではないかと思います。『自分のため』が『早く結婚すること/仕事を抑えること・安定すること』であれば、それはそれでいいと思います。でも、私にとっては違かった。

 

恋人・友人問わず、大切な人がハッピーでいてくれると、私は嬉しいですが、母親としても、私がハッピーでいてくれた方が嬉しいのかな、と思います。例え体裁が悪くても。死期を間近に見栄を張ることもないですし。だから、あんまり母親のために何かしよう、と考えることはやめました

 

細かな贈り物や手伝いはしていますが、生き方を変えるようなことはしないようにしています。

 

そもそも、何をしようとか、こういった思考の期間を得ることが出来たことは、幸せなことなのかもしれません。

 

他人に相談するべきか

国柄でしょうか?或いは地域柄かもしれません。あまり、こういった事情を他人に相談している様子を見たことがありません。

 

でも、私はできるだけ他人に話した方が良いと思っています。誰にでもという訳では無いですが、機会があれば、或いは必要があれば話そうと意識しています。

 

他の国や地域の事情は分からないのですが、私の住む都心の土地柄なのか、或いは会社では、家庭の事情に対して触れることはタブーという、暗黙の了解があるような気がします。

 

人の死は『非日常』であり、死や病を日常の中に取り入れること、日常生活の話題として持ち出すことは、タブーであるという認識でしょうか。

 

加えて、アスリートが『肉親の死を乗り越えて...』といった後日談の報道がしばしあり、こういった姿勢に美意識を感じる方も多いのかもしれません。非常に嫌な言い方に聞こえるかもしれませんが、『不幸を言い訳として取っておく』心理的な判断もあるのかと思います

 

こういった心理は学問的に分類され、『怪我をしたアスリートの多くは、怪我の事実を隠して試合に臨む。負けたときの言い訳になるから』という判断の傾向があります。この傾向は、セルフ・ハンディキャッッピングと呼ばれる認知バイアス(思考や判断のクセ)と呼ばれるそうです*。何か辛い事情があるとき、それを黙っておくと、勝っても負けても『困難を乗り越え...』となり、自分を守ることが出来ます

 

当初、私も黙っていました。理由は上記をすべて足した様なところでしょうか。

 

でも、以下の理由から、少しずつオープンにする様にしました(誰彼にも、というのはどうしても、心情的にまだハードルがありますが)。

  • 死は日常の延長にあって、死と生活は実質的には隣り合わせ。私がそうである様に、誰もが、人の死と隣り合わせの中で生きている。だから、こうした事情を言うことは不自然なことではない。会社でもなんでも、組織や成果物はこうした私情も含めて、成り立っている
  • 黙っていても誰も気づいてくれない。誤解を生むばかり。せいぜい、他人が思うのは『なんか元気ないな』程度です。言わない限り、家庭内の事情なんて知る由もなく、誤解を生み、その結果、不幸を生みかねません。別の例ですが、ガンを患いながら働いている方が居たのですが、私は全く気付かず普通に仕事を頼んでしまい、猛烈な後悔をした覚えがあります。初めて知ったとき、『そんなの知っているかと思った/気付くよ普通』という雰囲気になりました。でも、言われなければわからないのです。特に普段話さない人は、違和感しか感じない。引き出すことも大切でしょうが、一緒に何かをしようとする人間としては、辛いとき/困難を抱えているときは、出来るだけオープンにしてほしい。客観的に困難を抱えている人を見て、強烈な悔恨と共に、そう思いました。
  • 組織として何か結果を出そうとしたとき、他人の事情は知っていた方が、お互いカバーしやすい、本人も力を出しやすい。性格にもよるのかもしれませんが、どうしても人間、辛いことがあるとふさぎこみがちになります。でも、自分の事情を知っている人が居る、ということはとても支えになります。信頼できる人だと、なお好いです。また反面、なんだかわかんないのにふさぎこまれてしまうのは、迷惑。セルフ・ハンディキャッピングは、チームメイトには迷惑でしかない。自身の仕事へのアウトプットへの責任として、オープンにすべきと考えます。こういった事情に対しては些か抵抗がある表現ですが、『気付いてよ/気遣ってよ』という心理は、幼稚である気がします

打ち明けることが得意でない方にとって、困難であることは重々わかります。でも、上記ご参考に、少しずつでも、オープンにすることを薦めたいと思います。

 

*自分では気づかない、ココロの盲点 完全版 本当の自分を知る練習問題80 (ブルーバックス)

 

少し、こんなところで。

気持ちが向いたら、また書いてみたいと思います。

 

わずかでも誰かの助けになれば、幸甚この上ありません。

 

 

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